プレジャーボート航海記

Minor29で行く日本沿岸の旅。Minor29の購入から北海道〜横浜ベイサイドマリーナまでの回航・港・観光・宿泊情報。横浜から沖縄までのクルージングも成功、様々な寄港地での人情をご紹介。

回航ログ

ミノアの燃費 総決算

ルキアの航海を通して、果たしてプレジャーボートはどれくらい燃料消費するものなのかがたいへん気になっていた。

燃費



これまでの航海記録から時間当たりの燃料消費を計算してみると、
平均燃料消費は時間当たり27リッターということになる。予想した結果とそれほど差がない。ミノア29はトローラータイプであるだけに、やはり燃料消費は少なめだ。

ただ、燃料消費は非常に誤差が大きい。海は単一ではない。
外洋で海が荒れると、ミノア29DCでは3000回転は絶対に回せない。危険だし、乗り心地というレベルの話ではない。波が高くなれば5〜9ノット。2500回転までの操船となる。この時、時間当たりの燃料消費率はかなり良くなっているが、走れども走れども目的地には着かない。逆に凪のときは回転を上げて目的地に早く着くことができるが、燃料消費率は悪くなってくる。

ヤンマーのエンジンは頑丈であるとはいえ、3200回転を過ぎるあたりから白煙とも湯けむりともつかない排気を出し始め、苦しそうな感じが出てくる。後部の座席でエンジン音をよく聞いていたまみちゃんの話によると、ミノアはだいたい2800回転くらいが音も良く、乗り心地もいいという。速度的には12〜14ノットというところだ。それでも外洋では十分に速い方だ。2m近い波や波長の短い波を超えて進む時、スピードを出すことはあまり快適ではないし、怖い。

東京湾では遅い(しょぼん)。でもミノアを30ノットオーバーで走らせるのは似合わない。それだったらバリバリに速い船を選ぶべきだ。ただし、30フィートクラスのフライングブリッジ艇の燃費は時間当たり50〜70は普通だ。速いが燃費もそれなりにかかる。普通は2軸なのでメンテナンス費用もそれなりにかかる。

ミノア29の回航をしていて今回は3人の回航だった。部分的には2名のクルージングもあった。超ベテランになれば1名でも操船できそうな気がする。
「大きな船は乗っていて気分がいいが、他人の都合で船に乗らなければならないのは気分が悪い。」
多くのボートオーナーが成功して夢のような船を所有した時のジレンマだ。少人数クルーズが可能な点は極めて優れた点であるといってよい。

全体の燃費は1734リットルで194187円。今回の軽油代金は免税をしていない(免税申請をするのを忘れた)。

「外洋を少人数で長距離クルーズするならミノア」
この考え方は小樽〜横浜の大回航を終え、間違っていなかったと確信することができた。ヨットのゆったり感とボートの速さ。中途半端といえばそれまでだが、気のおけない仲間と安全に長距離クルージングをしたいという目的にはこういうタイプのジャンルしかないのではないかと思う。

横浜ベイサイドマリーナに到着 回航大成功!

2008年5月4日 最終日

03:30 起床
04:50 出航 

この海の家も漁港にいた人の知り合いの民宿だ。連休の真っ只中なので急に泊まろうと思っても宿はない。
「今日、どうするの?」
「船の中で泊まります。」
こうしたとき、漁港の人たちはとても親切だ。知り合いの民宿をあたってくれて宿泊する場所を見つけてくれたのだった。
漁港に急に入って船に横抱きしたりする場合には、どうしても早めに出航して迷惑をかけないようにするべきだ。

そこで、3時30分起床、4:00には港に入って待機する。朝はまだぼんやり霧がかかっていた。でも、そこはルキア号、海面が見えるようになったらもう止まっていられない。すぐに舫を解いて出航。

久々の快適な航海

朝のうちは霧だったがだんだん晴れてきた。波もおだやか。久々の快適な航海だ。ただ、燃料が問題だ。時間的には十分横浜を狙える。でも燃料は絶対に持たない。

銚子マリーナで給油したかったがマリーナは9:00から。そうなると6時までに横浜に到着することは確実に難しくなる。そこで、途中の漁港で給油することにした。

選んだ漁港は鍋島。この漁港は港湾案内では浅い。深度計で2.5m。慎重な対応が求められる。
鍋島に到着してデッドスローで堤防沿いを進んでいたらペラが重くなった。
<やったか?>
ととくちゃんと顔を見合わせる。後ろをみるとヘドロが巻き上がっていた。どうやらキールかラダーを海底に摺ってしまったようだ。今日は大潮。潮位が低い上にもともと浅い港。本来ならばプレジャーボートの船内機で入るところではない。その後プロペラの振動や舵の聞き具合に以上はなかったので一安心はしたが横浜に帰ったら点検が必要だ。

着岸する場所を探していると岸の方で手を振っている人がいた。ここに着けろと指示している。そこで慎重に着岸。セーフだった。
聞けば商船大学を出て本船に乗っていた方だった。今は引退して漁船に乗っているとのこと。本当にいろいろとすごい人が普通に港にはいらっしゃる。

「横浜まで70マイルではきかないな。夜になると危ないよ。外国船は海区が違うと赤と緑が逆になっていてときどき切り替えを忘れている。だから向こうに向かっていると信じきったらだめだよ。」
そうなんですよね。バリに行った時に逆に取り付けられていてこれはびっくり!と思った経験がある。

すぐにガソリンスタンドに電話を入れてくれて軽油を持ってきてくれた。
つくづく、つくづく、ルキアは幸運のボート。最終日にも親切な人が神のごとく現れた。
ドラム缶給油2

大潮で

岸壁からドラム缶での給油となった。なかなかおめにかかれない光景だ。

さあ、給油も満タン。横浜を目指す。海の状態もよい。
とくちゃん得意げ

白浜〜野島崎〜相模灘にかけては三角波が出る。なかなかスピードがあがらない。
白浜にはまた今度来てみたい。今日のところは写真だけで。
白浜

天候は快晴。まみちゃんは日焼けに落ち込んでいた。
快晴に


州の崎では波が正面から来る。非常に周期が短く5ノットくらいしか出なかった。
このペースでは横浜に6時は無理となるのでさらに一泊?と覚悟を決めようかと思ったがそこは東京湾。進むにしたがってうそのように波が低くなり、スピードも15ノットまで上がる。

東京湾には本船がうようよといる。タイミングを測って久里浜方面へ。

東京湾巨大プレジャーボートが増えてきた

さすがにここまで来るとプレジャーボートが多くなる。途中で他のプレジャーボートがたくさんルキアを追い抜いていった。競争しようにも足のレベルが違い、あっという間に引き離される。海が荒れていればルキアと差はつかないだろうけど。

いよいよ観音崎灯台が見えてきた。もう少しだ。
観音崎灯台

横浜ベイサイドマリーナは契約したけれども一度も外から見たことがなかったが、さすがとくちゃんがあの方角で間違いないと指示してくれた。
横浜ベイサイド入り口

横浜ベイサイドマリーナに入ると、なんと自分の番地を忘れてしまっていた。マリーナ内をうろうろしながら携帯で連絡して自分のうちを探す。他のオーナの方々には初日からご迷惑をおかけしてごめんなさい。
自分の家を忘れさ迷う

係留してすぐにご近所の人たちの歓迎にあった。
「おたるうう!すっごいねええ。おい、小樽から回航してきたって。まあ、到着ビールを」
ということで宴会になりそうだったが、事務所で手続きがあるため宴会は次回のお楽しみということでごあいさつだけに。
5丁目4番地到着

ということで、なんとか小樽〜横浜ベイサイドマリーナまで無事に到着することができた。

浜ちゃん、無事でしたよ。応援ありがとうございました。
師匠、陸からの情報支援ありがとうございました。
会社のみなさん留守中会社を守ってくださってほんとうにありがとうございました。
そして、
停泊した港々でほんとうに皆さんに支えられてここまでこれました。ありがとうございました。

海の楽しさもさることながら、人の温かさに触れることができた回航だった。
ルキア万歳。日本人万歳。

とくちゃん合流

2008年5月3日

民宿、睫擴阿気鵑砲呂世話になった。ここのおばあちゃんはとてもかわいい。
朝6時に宿を出発し、久の浜漁港に行くと、昨日のヨットマンはまだ出ていない。

波はそれほどでもないがかなり霧が濃いので出発時間を見合わせるか考えていたとき、舫を解いてまみちゃんがすでにボートに乗船、離岸している。
「おお、すばやい!」
ということで、なだれのように出発となった。

久の浜の海岸は濃い霧に包まれている。
比較的安心なのは、今日はこのあたりの漁船はお祭りのため1隻も海に出ていないこと。女みこしが有名らしい。

とくちゃんが今日は東京に帰っているのでまみちゃんと僕だけの操船だ。
霧の中突然現れたタンカー

小名浜をすぎてもなかなか霧が晴れない。
慎重に進んでいくと針路に白い灯台が見えてきた。
「ん?灯台ってこの方向にあったっけ?」
とGPSを広域に操作すると
「大きな船!!危ない!!」
目の前に見えた白い灯台は錨泊しているタンカーの喫水の目盛り線だった!
危うく減速して回避。近かった。恐らく100m以上はあったが心理的には50mくらいまで近づいてしまった感じだ。ほんとうに霧は恐ろしい。

大津港を過ぎたあたりからかなり霧が晴れてきた。
今日からまたとくちゃんが合流することになっている。銚子までは難しそうなので大洗マリーナで合流することになった。

大洗マリーナ大洗マリーナのヨット

大洗のマリーナに入港の連絡を入れるとスタッフが待っていて下さった。
大洗マリーナはいいマリーナだった。このあたりまで来ると、マリーナの利用者も年間を通じてあるらしい。
クラブハウスでまみちゃんがビールを飲んでいるととくちゃんが現れた。

このマリーナにはとくちゃんが以前、愛知県でクルーをしていた船があるらしい。
そこでマリーナに見に行くとすぐに懐かしのヨットが見つかった。新しいオーナにもとくちゃんは出会うことができ、打ち解けて話をしていた。縁は不思議なものだ。

サンフラワー大洗

いよいよ銚子に向かって出発。風は4.5m、霧もない。絶好のコンディションだ。
銚子を回れば後は一気に横浜まで近づくことができる。
でも、やはりというか当然というか海は甘くない。

さすが灘

鹿島灘はおきおり複雑な三角波が立つ。風も強くなってきた。ものすごく危険というほどではないが、なかなか進まない。それにこの分では犬吠崎は超えられない。そこで鹿島港に入ることになった。

鹿島港は2つの漁港がある。僕たちが入ったのは釣り船が集まる漁港。
風に流されるので釣り船にとりあえず横着け。

漁港の組合に行ってどこに着ければいいのか問い合わせる。
いろいろと釣り船をさ迷った後、最終的に杭が2本出ている横に着けることになった。また新しい係留の仕方だ。横の釣り船の船員さんが親切に手伝ってくださった。

新しいパターンの舫い方

明日は釣り船が動き出す前にこの漁港を出ることにする。


ハワイアンセンターに行ってきました

2008年5月2日
終日久乃浜(ひさのはま)

朝起きると久ノ浜は霧だった。
天気図を調べると濃霧注意報と発達した低気圧が北上してくるとのこと。
風も最大で30ノット(18m)。みた感じはそれほど厳しくなさそうだが、これまでの数々の体験でようやく自重するのが得策と思った。

今日は霧

そこで今日はこのあたりの観光をすることに。
まずはルキアを調べに。宿泊している睫擴阿気鵑領⊆蠅任燭海鬚気个い討い觝邏箸行われていた。このあたりのたこは築地に直接出荷されているそうだ。

たこ

港まで歩いていくとルキアは健在だった。
とくちゃんが防波堤に落ちていた竹とかで作成した<とくせいすれあて>はうまく機能している。
とくちゃんすれあて

駅まで歩いていって湯本まで電車で行こうと思ったが、ちょうど電車は出たばかり。そこで待機していたタクシーと値段交渉をして湯本まで送ってもらうことにした。

「どこから来られたんですか」
「ボートで小樽から来て、これから横浜に向かうんですよ」
というと話がどんどん弾む。

タクシーの運転手のSさんは、父上と船に乗り、久ノ浜で操業されていた人だった。数年前まで船乗りだったそうだ。15歳のころから船に乗り、一生漁師として生きていくものと思っていた。
ところが父上が暴走車にはねられ亡くなられるという自動車事故に会う。それで操業を続けることができず、また何もする気が起こらないほど落ち込んでしまったそうだ。
これではいけないということで今はタクシーの運転をしているとのこと。

久ノ浜の漁船は研究熱心で、大間の漁船にも負けないくらいの装備をしているそうだ。久ノ浜の魚はブランド化している。その秘密はできるだけ鮮度を保つために早く処理をする工夫を行い、カワハギなど手間をかけることによって単価を上げる工夫をしている。水揚げも大型の船1隻で年間1億は超える。

湯本まで到着すると
「せっかくだからハワイアンセンターまで行かれたら」
ということで、予定していたハワイアンセンターまで連れて行ってもらえることに。

ハワイアンセンターはとても大きかった。

ハワイアンセンター

この町はかって炭鉱の町だった。炭鉱が下火になったために産業がなくなるための対策だった。映画「フラダンス」は泣けた。ぜひみなさんも見てください。

ハワイアンセンターは長年かけてこつこつと築いてきたのが良くわかる。
コンセプトはハワイアンだけど、江戸時代風露天風呂やイタリアンな空間もある。家族で楽しめるようにとの思いが伝わってくる。

こどもフラ

ちょうど子どもたちが舞台に上がってフラダンスをやっていた。それをみながらまみちゃんと僕はトロピカルなジュースを飲んだ。実際にハワイに行ったときよりも楽しい。(もっともあの時は僕は病気で1週間ハワイで寝込んでいたけど)

まみちゃんごきげんまーくん

プールも

タクシーのSさんと携帯で連絡をとるとSさんはすでに久ノ浜まで帰っていてまたハワイアンセンターまで戻ってきてくれた。

港に戻り、及川丸という釣り船に給油に来た遠藤石油さんについでにルキアの給油をしてもらう。これもSさんが教えてくれたスタンドだ。

給油待ちをしている間にシングルハンドで久ノ浜まできたヨットマンと海談義。
ミノアが巡航17ノットと聞いてこれはトローラーではないと。
そうだね。グランドバンクスだと10ノットですね。
「海で走りながらコーヒーを飲むのがいいんだから」
とヨットマン。そう、それがルキアの基本スタイル。でも、これまでの航海ではそんなところは一度もなかった・・・。

給油量195L。
明日は調子よければどこまでいけるか。
シングル

久乃浜で意外な出会い

2008年5月1日(続き)

目標は小名浜港か小名浜マリーナだ。
でも風が強くなってきたのでなかなかスピードが出せなくなる。

福島県に入ると風が強くなり次第に船が進まなくなる。
福島県の海岸は火力発電や原子力発電の港はあるが、ルキアを留められるような港が少ない。

久乃浜は避難にはいい港だ。これを逃すと小名浜までは3時間ほどかかる。
とくちゃんは明日営業があり、今日東京にかえる必要がある。
無理して小名浜まで行くよりも久乃浜に避難する方がよい。

磐木沖

そこで、久乃浜港に入る。
久野浜港

小さな船の係留場所は係留が難しい感じなので、魚市場の方に入る。
もちろんここで長時間係留することは問題があるのでまみちゃんが漁協に聞きにいった。
「ここ避難港になってるからね。いいよ。明日もだめだなあ」
と魚協長が言ってくれた。さすが交渉能力のまみちゃんだ。

久乃浜港のルキア

ルキアが係留した場所で釣りをしていたご夫婦に駅までの道順と東京までどれくらい時間がかかるかを尋ねたらなんととくちゃんを駅まで乗せていってくれるという。
ほんとうにありがたい。
2時間ほど経過してとくちゃんからまみちゃんに電話が入る。
「新幹線まで送ってくださったんですよ。」
えーーっ!!新幹線までですか。まみちゃんは
「今度お礼したいから連絡先聞いておいてくれた?」
「名刺をもらいました。」

ご主人は東京のミッドタウンに入る企業で働いているそうで、いわき市から新幹線で通っているとのこと。釣りを始めて1年だそうだ。恐らく車の中でボートの話や釣りの話や仕事の話が盛り上がったのだと思う。
後日またルキアでこのあたりまで来て、ルキアで釣りを楽しんでいただこうと思う。

後ろのご夫婦に新幹線まで!久乃浜

何事もない日はない

2008年5月1日
05:30 女川港出航
02:40 久乃浜港入港

女川港の朝は霧だった。昨日の風景とはまるで違う。

昨日と違う風景

朝霧の中、ルキアがきれいだ。この船は本当にかわいらしい。
太陽と霧とルキア

今日は一気に千葉県まで進みたい。
ということで昼食の調達が必要だ。そこで僕たちはずうずうしくもフェリーが到着するすぐ横にルキアを着岸してコンビニで弁当を調達した。
まみちゃんがコンビにまで行って帰ってくる間、高速フェリーの船長が寄ってきて船の話に。ほんとうにルキアはいろいろと人を引き付ける。
「昨日、変った形の船がいるなあと思ったんだ」
このフェリーは昨日、女川に入港する際に僕たちを追い抜いていった船で、高速フェリーの船長はしっかり僕たちを見ていたらしい。
「この霧だからフェリーの前に船を着けて待っていたらどう。8時9時までまてば晴れるから」
と言ってくださる。そうした忠告はありがたかったが、僕は先を急ぎたい気持ちでいっぱいだった。そんなぼくの表情を読み取ってか船長は
「まあ、いくんだったら気をつけてね」
と。頑固さは海では命取りになる。そう思いながらも出航することにした。

コンビニ前で待機

弁当も調達できたので出航する。港の中はほんとうに霧で見えない。デッドスローで港を進む。ようやく港を出ると、霧が収まった。ふと振り向けば港は深い霧で包まれている。
「おお、悪魔が出てきそうな風景!」
ほんとうに幻想的だ。無事に霧を抜け出せれてほんとうによかったと思った。
だが、船長の忠告はそんな港の出入り口の事をいっているのではなかった。

この中を出てきました

金華山沖は霧の難所だ。
「このあたりはタンカーがよく遭難しています。」
ととくちゃん。金華山は島だが、この海域は霧が多いことで有名だ。

霧の難所金華山

だんだん霧も晴れてきた。これならなんとか走れそうだ。目の前で漁船が操業しているので大きくターン。海の仕事はほんとうに危険が多い。その割には魚は安い。

漁船

順調そうに見えた航海はそこまでだった。この海域は網や筏が多いため沖合いに出てしばらくすると急激に霧が濃くなってきた。
視界がどんどん狭くなる。船のまわり50mの円形の範囲以外は何も見えない。
波も怖いが霧も怖い。いつ船と衝突するかわからない。高速フェリーの船長の忠告はこの事だったのかと思う。
8ノットくらいに速度を落とし、針路を一定にして慎重に進む。
残念ながらルキアにはまだレーダーが装備されていない。
レーダはじっくりと選びたかったので横浜に帰ってからいいものを選んで偽装しようと思ったのが甘かった。楽に航海しようと思ってオートパイロットをつけたが、優先順位を間違えた。

デッドスローで外洋の霧の中を進む

霧の中から突然船が現れる。相手の船は何事もなかったようにパスしていく。やはりレーダー装備の差だろう。
09:15になったらうそのように霧が晴れてきた。ほんとうに緊張する2時間だった。晴れたら2〜3倍の速度で走れる。2時間の待機で、疲れずわずかなロスタイムで結果を得ることができる。もっと考えなければ。

霧が晴れたら快適

仙台湾を抜けると、どんどん風が強くなってきた。

魚へんに毛と書いてトド!?

05:55 八戸出航
08:00 種市漁港入港 給油282L
10:00 北山崎
11:40 魚毛(うおへんに毛)ヶ崎
12:40 釜石港通過
14:30 気仙沼通過
17:00 女川港 給油330L

早朝の八戸港

出航準備

八戸港はほんとうにいい港だ。大きい。
残念ながら朝早くから営業してるスタンドがなかったので、今日は適当な港を見つけてそこで給油することにする。

八戸の朝は美しい。神社に手を合わせて出航。
八戸港出航八戸港さようなら八戸港でとくちゃん

心配していた春先の濃霧もなく5マイル先がぼんやりとする程度。
魚網に気をつけながら進んでいく。

種市はフィッシャリーナがあるので寄ってみることにした。
でも、フィッシャリーナは平日はあまり人が来ないせいかひっそりとしている。
そこでまたもや漁港に入ることに。

種市で給油

着岸していい場所を上陸して聞いてみると、最初に着岸しようとした場所は漁船が入るため移動が必要とのこと。やはり着岸しやすい場所は魚の水揚げをするために空けてある場所なのだ。そこでまみちゃんととくちゃんがロープでルキアを引きながら問題がない場所まで15mほど移動。そうしているうちに漁港のみなさんとまみちゃんは仲良くなっていく。

ルキアを見てまたもやみなさんが集まってくる。ミノア29は形がかわいいのとなんとなく漁船タイプなので漁港に入っても溶け込みやすい。
「若い衆が新しい船買ったのかと思った」
「いいボートだ」
わいわいがやがや船談義が始まる。小樽から来たことと横浜に向かうことを告げるといっそう盛り上がる。

種市で給油

種市の小さな漁港でせりが始まった。ホヤが名物。
せりといっても数人でやる
「ひらめから行くか・・・。」
手際よく重さを量りいけすにわけていく。

種市でせり

名物ほや

そうこうしているうちに給油も終わり、種市を後にする。マリーナではできない貴重な体験をさせていただいた。

漁師さんとプレジャーボートの摩擦は大きい。漁場で命がけでやっている作業をプレジャーボートが台無しにしてしまうから。漁港の人たちと触れ合うことがもっと自由にできるためにいろいろ考えていかなければと思う。いい思い出がまたひとつできたと思いつつ、種市港を後にする。

種市港出航

あれほど楽しみにしていた三陸海岸だが、まみちゃんは先に進みたいとのことでボートをどんどん進めて行く。来る前はボートで訪れた街の温泉に行くことが楽しみだったが、今は港、それも漁港に寄ることと海岸からの景色を楽しむことが主流になっている。

北山崎の奇岩

ついに三陸の頂点、本州最東端の魚毛(さかなへんに毛)ヶ崎に来た。
この読み方は何か、3人で話題になった。これは<トドガサキ>と読むらしい。
毛の生えた魚・・・ではないっしょ!
思えば北海道から青森とたくさんアシカやトドに会った。天候のせいもあるが、北海道では船の数よりも多くアシカやイルカにあった。
海にはたくさんの動物がいるんだということを本当に思う。

本州最東端

釜石はほんとうに壮大な感じがする湾だ。中に強そうな人がいそうな気配がする。

釜石

このあたりまで来ると気温もおだやかで海がものすごく気持ちがいい。ミノアのスタンデッキもなかなかの特等席だ。
マー君

ちょっと残念だったのはオートパイロットが不調なこと。
RAYMARINEに船の中から問い合わせると症状からラダーからの信号が来ていないとのことだ。

それにしてもインターネットに航海中でもアクセスできるのはほんとうに便利だ。
どの漁港を選択するか検索もできるし、気象情報も確認できる。もっとも北海道の時は緊迫していたのでパソコンは使う気になれなかったが・・・。

平穏な航海の今日はまみちゃんは航行中にスカイプで本社とやりとりを行ったり、自社で開発したグループウェアでスケジュール確認したり、営業の調整をしている。
海の上を移動するサテライトオフィスとして立派に使えてしまう。

「離島には自社のボートでデモやサポートにお伺いします、ってのは他社にはまねできない」
ととくちゃんとまみちゃんが冗談の応酬をしている。半分本気そうで怖い。

午後に入って順調だった天候がやや崩れ、向かい風になった。とたんにスピードを上げられなくなる。そこで早めではあったが女川港に入港することにした。
女川港

女川港の港に面した通りにある民宿「やまだい」にお世話になる。
女川で給油

夕食は近くのドライブイン・・といっても活き魚料理の店で僕は豪勢なうに丼を食べた。生きたウニ5匹。すごい。
うに丼

明日は05:00に起きて出航。まみちゃんはコンビニで朝食と昼食を調達するために港の対岸にあるコンビにまで船を移動せよとのこと。こちらもすごい。

江差マリーナからなんと八戸まで進む!

05:45 江差マリーナ出航
08:30 松前港沖通過
09:00 白神崎(北海道最南端)  
09:30 福島港で給油 177L
10:15 福島出発
12:20 大間沖通過
14:00 尻屋崎
16:10 むつ小川原港寄航 パス
17:40 八戸港
18:10 岸壁に係留完了

05:40分。タクシーでマリーナに行くと、江差マリーナでひとり寂しくルキアは待っていた。
荷物を積み込み、さっそく出発。海面は穏やかだった。北海道に来て小樽マリーナを出るとき以来の穏やかさだ。
江差マリーナで寂しげなルキア




今日は海に漁師さんも出ている。こんな日は北海道に来て1日目の数時間だけだった。ゆったりとルキアを走らせているとルキアの前方にナブラが現れた。
「魚がいるんだねえ」
とのんびり眺めながら走っていると、2隻の漁船がナブラのそばに突進してくる。ルキアはそれを見てあわてて回避。
「ナブラを見たら、漁船の動きに注意」
と、覚えておくことに。

でもほんとうに穏やかだったのはそこまで。津軽海峡が近づくにつれて、次第に波がややこしくなる。

北海道最南端の岬+名高い津軽海流+北海道西岸の波のうねり+北海道特有の切り立った岸壁の反射波=ややこしい波。

数々の男と女の歌の舞台となった津軽海峡と日本海と北海道の海。日本を代表するスポットであることは間違いない。
穏やかな日だというのに、この海域は操船が難しい。時折30度以上船体がバンクしてしまう。船内機艇なのに時折ペラが海から出てしまう。
もしも昨日までの40ノットの風があったら、死ぬ。無理をせず江差でストップしておいてよかった。
松前港の灯台



本州最南端の白神岬をやっとのことで通過。無事でほんとうによかった。
最南端白神岬

江差では給油していなかったので燃料が不足している。
松前港は北海道の西岸と南岸の境に位置し、津軽海峡の荒波に面している港。ちょっと自信がないので、福島港に入ることにした。

福島港



福島港はたいへん利用しやすい港だった。ここまで来ると、波もおだやか。
なんなく着岸できた。
ルキアはプレジャーボートだが、手すりに足をかけると漁港の岸壁でも難なく乗り降りできる。岸壁でカップラーメンを食べた後、出発となった。
福島港で給油



後は大間に向かうだけだ。北海道ではほんとうに気持ちがいい人たちと数多く出会った。
嵐の日に着岸できずもたついていたのを助けてくれた漁師の若者
時間外なのに給油してくれて車で送ってくれたガソリンスタンドのご主人
フェンダーを回収するためのカギ竿を貸してくれた60代の「若い衆」
温泉にいくために車を貸してくださった宿のおかみさん
そして、
ほんとうにいい仕事をこなし、命を預けても安心できるルキアを整備してくれた小樽マリーナのKさんSさん。
北海道のみなさんはほんとうに親切です。また来ますからね。

さようなら北海道

大間まで来ると波がたいへん楽になる。本州に帰ってきた。
尻屋崎を過ぎると、これまでに見たことがないようなべたあああとした凪だ。鏡のような水面、湖のような水面だった。
まるで平水。どんどんスピードが上がる。

大間の灯台

青森から八戸はいたるところに魚網が仕掛けてある。養殖?の網も多数。延々と沖まで張り巡らされている。
ほとんどプレジャーボートはいないというのも仕掛けがわかりにくい理由かもしれない。もしこの地域をプレジャーボートで通るならば大いに注意する必要がある。岸から3マイルほど離せば大丈夫だ。

むつ小川原港にいったん入るが、あまりにもプレジャーボートが係留してもいいような雰囲気ではないので早々に立ち去った。
急げば日没までに八戸まで行ける。ということで八戸までルキアを飛ばした。

ルキアは3200回転で海を滑走。3500回転までまわせば19.5ノット出る。決して速い船とはいえないが、あの荒天時の安心感があってこの速度も出せるなら十分だろう。もっともこの先、これほど荒れた海を走ることはないかもしれないが。

ところで、今日、ちょうど青森県の尻屋岬を過ぎてしばらくしたころ、地震があった。
気象庁地震情報

このとき、ほんとうに鏡のような水面だったが、ちょうど地震が発生したころ、水面に細かいさざなみが立った。これって地震なの?
その直前の画像と見比べて見ると違いがわかる。

地震が起こる4分前に偶然撮れた海面地震の15分前

瀬棚から江差マリーナはほんとうに冒険だった

強引にオープン
海の家のおかみさんに紹介していただいた食堂。まだ、開店前だというのに強引にシャッターをこじ開けて中に入るまみちゃん。
海鮮丼を食べる。瀬田のウニは6月から。残念。

水門と三本杉
瀬棚の海岸線には三本杉の横に高い防潮堤と水門が。奥尻沖の地震で瀬棚も被災した。宝の景観と防災が引き換えに・・・。

海の家
最大風速40ノット(20m)、波の高さ4mということばに躊躇していたが、午後になって風も収まり日も差してきた。これならいけるということで、いよいよ出航を決意する。瀬棚の三本杉の「海の家」にはお世話になった。

瀬棚の由来
瀬棚の由来。アイヌ語でオオカミが下る川。サケを食べに来たらしい。

事比羅神社
金毘羅様におまいり。海の安全祈願。

瀬棚から出てすぐ
12:40分、瀬棚出航。これは瀬棚から出てすぐの波の状態。すでに2mを超えている。

防潮堤に高波が
振り向けば防潮堤を大きく超える波が・・・。

飲み込まれる
正面から大きな波がルキアを襲う。でも、まったく何事もなかったように波をつぶしながらルキアは進む。流石にドイツの海保が採用している船だけのことはある。

やはり天気予報のいうとおり、ほんとうに激しい時は波は4mを超えるときがあった。波の頂上はものすごい高さになる。でも波長が長いので衝撃は少ない。
さすがに外洋、それも日本海、しかも北海道だ。半端ではない。


風車と海
江差近くの風車と波の風景。すごい。追い風なので対地速度で17ノット近く出る。

江差に着いたけど

江差マリーナに着いたけど、マリーナの防波堤のちょうど入り口にびっしり魚網がはってある。とくちゃんに言われて危うく気づく。バックして難を逃れる。波が高くて避港する人にとっては見えなくてめちゃくちゃあぶないんですけど。

江差マリーナ

江差マリーナでバースに着岸する際に、強い風に流され、バースの柱のボルトにバウをこすってルキアのバウの上部に傷がつく。それほど損傷が大きくはなかったとはいえとほほです。やはり、これだけ風が強い日は風下から進入すべきでした。でも、バースの柱にボルトが出ているというのも・・・(いいわけ)
やっぱり、着岸は難しい。横浜ベイサイドマリーナに帰ったら自分で直してみよう。

何はともあれ、今日も無事に上陸し、こうやってホテルでブログを書くことができてほんとうに幸せだ。

さきほど、マリーナにルキアの点検に行ってきた。ルキアはマリーナの中で一人バースにたたずんでいた。さすがとくちゃんで、風が強い中でもしっかり舫われていて、ルキアはびくともしない。とくちゃんはほんとうに頼もしい。

「ルキアはかっこいいぼーとだあ。これまでかわいい船って感じだったけど、波を切っているルキアに乗ってプレジャーボートっていう気がした。」
とまみちゃん。ミノア29って荒天時にかっこよさを発揮する船なんだよね。ふふふ。

明日は5:30分に起きて函館を目指す。風が弱かったらね。

出航できません

28日03時観測 28日05時30分発表の函館海上気象を調べた。
発達した低気圧(998) 北緯45度 東経140度にあり、東北東15ノット(30キロ)で進んでいる。
津軽海峡 檜山津軽沖では 西の風が強く 最大風速は40ノット(20メートル)
後 次第に弱まる見込みとのこと。出航は少なくとも午前中は難しい。

まみちゃんの防寒具を取りにルキアのところに行くと、ペンシル型のフェンダーが3本、俵型のフェンダーが1本流されていて瀬棚港の奥に漂っていた。
「あせったなー」
などと、呑気にポスターのまねをしている場合ではない。さっそく宿に帰ってまみちゃんとくちゃんに連絡。

宿のおかみさんに竿のようなものを貸してくれるように頼んだ。おかみさんは
「すぐに若い衆に連絡する」とのこと。
港にフェンダーを確保するため3人で歩いていくと、<若い衆>とよばれる60代の男性が車で迎えてくれ、
船に積んであった長いカギ竿を貸してくれた。どう考えてもここは親切な人ばかりだ。

フェンダーはルキアを遠く離れ、岸壁のそばに漂っていた。
貸してくださったカギ竿で俵型のフェンダーとペンシル型の2本を無事確保。でも後1本はどうしても見つからなかった。とほほ。
まあ、4本と俵型2本が確保できたので、漁港に入ってもなんとかなりそうだ。

少し、風が弱まりつつあるが先は長い。この先、どうなることやら。
blue-7
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